2012年2月12日日曜日

子育てと仕事復帰

先日在住の区の保健所から助産師さんが来てくれました。
家に来てもらったのでお茶をだして、出産から育児の事など2時間たっぷりとお話しました。
予防接種、おすすめのかかりつけ医などなど、質問攻めにしちゃいました。

朔の体重もはかってもらったんですが、4900gになってました。
生まれたときから約2kgも大きくなってたんですねー。

ここのところ母乳しかあげてないのですが、朔が1回寝るごとにほっぺが大きくなってる気がします。おデブまっしぐら!
助産師さんにも「見るからに健康で言う事無いですね!かわいい!」って言ってもらえました。母としてはこの一言がとっても嬉しいです。

妊娠中はなんだか小っ恥ずかしくてあんまりお腹に向かって話しかけたりできなかったんですが、最近家に朔といるときは「朔ちゃーーーーん可愛いねぇーーぶちゅーー」とか猫っかわいがりしてて旦那にも引かれ気味です。朔にもうざい顔されてます。まぁその顔も可愛いんですが。

最初は授乳痛いし、寝不足だし、産後の疲れも貧血もあってへろへろになってたんですが、やっとこさでちょっと心の余裕が出来てきたのかな。自分も少しは母らしくなってるのでしょうか。

そんな中、今週の木曜日からは職場復帰なんです。
また新しい生活のリズムをつかむのにちょっと苦労しそうですが、人間なんとかなるというのをこの1ヶ月学んだ気がします。1日2、3時間睡眠でも生きていけるし。きついけど。

でも区の認可の保育園は見事に入れず、4月から預かってくれる所が見つからないという事態です・・・・。待機児童になるのかなぁー。やっぱり育児と仕事一筋縄では行かなそうですが、なんとかまだ道はあるので、出来るとこまで頑張ってみます。

2012年1月26日木曜日

母乳で育てる事

先日息子の1ヶ月健診を終え、今日自分も産後の健診へ行ってきました。

息子のサクは約1kgの体重増と5cmの身長の伸びでスクスク育ってました。一安心。
見るからに肉がついてふっくらしてきたし、あんまり心配はしてなかったんですが母子手帳の1ヶ月健診の項目に健康優良と記入されるとやっぱり嬉しかったです。

入院中から割と母乳の出がよくって、殆どミルクは足さず母乳のみをあげてきてたんですが、コレがまた痛いしトラブル続きだったので、健診でちゃんと体重も増えていってる事が分かり頑張ってきてよかったなと思えました。

でも授乳も馴れるまでは本当大変でした。
退院してすぐはサクの飲む量よりも多く母乳が作られていたみたいで、しこりも出来まくりで自分は牛か?!って思うくらいのおっぱいの張りよう。しかも張ってるから授乳の度にめちゃめちゃ痛いしサクもどうしても浅くしか咥えられず、乳首にもダメージで水ぶくれが2、3個。泣きながらおっぱいあげてました。

出産もあんなに痛かったのに女はまたこんな痛い思いしなきゃいけないのか!って私の機嫌の悪さもMAXだったと思います。睡眠不足だし。家族のみなさんすんません。

ここ最近やっとサクの飲む量と飲む力が増えてきたようで授乳前と後でおっぱいの大きさが全く違います。びっくり。そんでもってサクのおっぱいの飲み方も上手になってきました。口も大きくなったからか深く咥えられるように。それと同時にしこりもほぼ出来なくなってきました。出来てもその部分を圧迫して1時間くらいサクに飲んでもらえばなくなるようになりました。

授乳が痛くてすっごいストレスなのに、解決方法が授乳しかないって辛いなぁと思ってましたが、日々ちょっとずつ馴れていってます。人の身体って不思議だわ。今はミルクもあるしね。痛みが強すぎて皮がむけちゃったりしてるときはおっぱいもお休みでミルクあげてます。

ネットでも色々調べたんですが低月齢のママたちはやっぱりおっぱいで苦労してるみたいですね。これを我慢できるのも子どもが可愛いからです。かーちゃんガンバリマス。

2012年1月20日金曜日

産後の痛い事あれこれ

出産が終わった後はとてもスッキリ、やりきった感があった訳なんですが、身体はボロボロでした。

まず出産直後から全身筋肉痛でうまく力が入らない!
分娩台のうえで2時間ほど休めるのですが、ここから降りるのも手助けが無いとダメでした。病室への移動は車いすだし、完全に介護されてる老人・・・。
部屋で出された食事のお茶碗すらまともに持てなかったです。
でも所詮ただの筋肉痛なので2、3日すれば良くなってました。

あと会陰切開の傷もやっぱり痛い・・。
切って縫ってるんだから当たり前ですが場所が場所だし、トイレに行くのが憂鬱で憂鬱で仕方なかったです。

そんでもってこれらの痛いのと同時に朝も昼も夜もひっきりなしの授乳が始まるのでこれまた辛かったです。入院中は昼間は沐浴・授乳など各指導だったり面会だったりで寝られず、夜は夜で赤ちゃんの世話で眠れず+貧血でだいぶフラフラでした。

育児の大変さに早速参っちゃって、一日も早く退院したいと思ってました。
自分の子どもはすっごく可愛いんですけどね。

産後1か月たって、実家で甘えさせてもらってるのもあり、やっと自分の身体は調子が戻りつつあります。
やっぱり長時間の外出は疲れちゃうんですが、だんだん元に戻っていけば良いな。

2012年1月6日金曜日

出産レポート

初めての育児に追われてるうちに年が明けてしまいましたが、

2011年12月21日5時52分、元気な男の子を出産しました!

おそらくめちゃくちゃ安産でしたが、出産直後旦那に「次は無痛で・・」と言ったほど、出産は壮絶でした。

前日20日の深夜からなんだかお腹が痛く、しばらく耐えてたんですが早朝には腰にも定期的に結構な痛みを感じ始めました。念のため病院に電話して、6:00過ぎに入院する事に。時計で計ってみると5分間隔くらいでした。

でもコレが前駆陣痛だったらしく、病院に着く頃にはなんだか痛みが引いてく・・・この痛みではお産に繋がらないということで、陣痛監視装置?もはずされ、病棟内を散歩する事に。
でもたまに痛みがくるのでベットで寝る訳にもいかず、ひたすら陣痛が強くなるのを待つ感じでした。

夕方頃からやっと10分間隔から引かない陣痛が来始めました。
まだフーフーと息を吐く事に集中すれば全然耐えられる痛みでした。旦那にも腰をさすってもらいつつ、この時もまだこれは前駆陣痛でもっと痛いのがこないと駄目なんだ・・・とか思ってました。

そんな感じが続き午前3時過ぎ、旦那の疲れもピークで助産師さんに一回ご帰宅されますか?と言われちゃいました。まだまだお産は進んでいないらしく、結構ショックで私も帰りたいよー!と思ってました。

ただそこはトーちゃん大好きビー助、帰っちゃダメ!と言わんばかりにその直後に破水。
この時で子宮口は5センチ。

ここからは本当に早くてどんどん陣痛は強く間隔も短くなっていき、今までの呼吸法だとあんまり効果がない感じ・・・旦那にも腰をさすってもらい、なんとか耐えてました。内診してもらうと、子宮口もいきなり8センチまで開き、分娩室に移ることに。このときには赤ちゃんもどんどん下がってきて、何かが出ちゃいそうな感覚でした。
思わず「出ちゃう!」と言った私に助産師さんの冷静な一言「出ません」。
・・・ですよねー。

でも分娩室に入ってからいきみたい感じがすごく、助産師さん旦那に呼吸法をリードしてもらってなんとか耐える!耐える!耐える!このいきみ逃しが厳しかった・・・。このときには骨盤の間に何かが挟まってて、陣痛の度に腰回りをでっかい金槌で叩かれまくってるような痛みでした。
痛すぎて冷や汗が吹き出るし声も震えます。ホントに人生で一番痛かった・・。

もう無理ー!ってとこで子宮口も全開。ついに分娩です。

ここで担当の先生が病院に間に合わず、助産師さんが取り上げることに。
一応私にも「私が取り上げますがいいですか?」と確認があった気がするけど、こっちはそれどころじゃありません。なんでも良いから生ませてください!って気分です。

分娩はかなりの体力勝負でした。ほとんど2晩寝てないから陣痛の合間に寝そうになる私。
でも陣痛が来たらその波に乗って思いっきり踏ん張る!自分ではどんな状況なのかよくわからず、陣痛の度に2回ほどめちゃくちゃいきみ続けました。助産師さんにもう頭見えてるよ!と励ましてもらいつつ、当直の先生に会陰切開してもらいやっと!やっと頭が出ました。
ちなみに会陰切開は全く痛くありませんでした。陣痛に比べたら屁でもありません。ちょきっと切る感覚はあったけど。

頭が出てしまえばもうあとは身体が出るだけです。
にゅるーと身体が出てくる感覚があって、「生まれましたよー!」と助産師さん。
簡単に拭かれてから我が子をだっこさせてもらいました。元気な男の子でした。

この後胎盤だとか、子宮内に残った血だとかを出して、切った会陰を縫ってもらい産後の処置は終了。このときには会話をする余裕もあって、旦那といろいろ話しつつ、きれいにしてもらった赤ちゃんを分娩台の上から眺めてました。

普通立ち会い出産ってお母さんの頭側から見てるものだと思うんですが、今回担当の先生が来れなかったこともあり、途中まで助産師さん一人だったので旦那は股側から全て見ていたようです。笑
酸素マスクも旦那に付けてもらいました。胎盤とかグロかっただろうなぁ。

何はともあれ、スムースに旋回して出てきてくれたビー助と、もはや立ち会いというか介助かって位一緒に頑張ってくれた旦那に感謝です。

ということで、本当に激痛が続いたのは破水後の約2時間でした。
同じときに陣痛室にいた人の悲鳴とか絶叫を聴いているとどう考えたって私は超安産でしたが、やっぱり次があるなら無痛でお願いしたいです。